スエ賛……『ファミリー』『夏物語』『ウェディング・キャンペーン』

今回は、韓国の女優さんについて。

わがペ・ドゥナさまを「怪訝な顔をさせたら世界一」と表現したのはTBSラジオ『ウィークエンド・シャッフル』でおなじみのライムスター宇多丸師匠だが、そのでんでいけば、『ミスにんじん』のヒロイン、コン・ヒョジンは「ふくれっつらをさせたら世界一」だと思う。顔が下膨れなので、不機嫌な顔が変に可愛い。なぜ不機嫌なのか、その原因は自分にあることを半ば自覚しているだけに、切ない、そんな演技が抜群に上手い。
というわけで最近まで、”けげん顔の女王ぺ・ドゥナさまと、”ふくれっつらの女王コン・ヒョジンが、ぼくの二代贔屓女優だった。贔屓女優とは、彼女らが出ているだけで、たとえ駄作であっても、最後まで引き込まれてみてしまう、というくらいの意味だと思っていただきたい。とくにぺ・ドゥナさま。ある韓国映画のブログで、「ペ・ドゥナが出演している映画で’当たり’は一つもない」とまで言われているくらいだ。ぼく自身、「なんでこんな作品に?」と首をひねることも少なくない。
さて、数日前から、ぼくの贔屓女優リストに、また一人加わった。スエという女優さんだ。韓流ドラマファンの間では結構有名らしく、評価も高い。たまたまある映画で彼女の虜になったぼくは、三本たてつづけに見た。いずれも、あえて一項たてて長ったらしい(サーセン)レビューを書くほどの作品とは感じなかったけれど、どれを見てもスエの演技は素晴らしい。というか、スエが主演だからこそ、最後まで惹かれて観た。

彼女にニックネームを奉るとしたら、さしずめ”薄幸の女王”といったところか。いかにも幸薄そうな顔だちだが、同じ薄幸顔のチョン・ドヨン(『シークレット・サンシャイン』)のような、心の奥底に情念を湛えているような雰囲気はない。むしろ、不本意に不幸を背負わされ、その不条理を悲しみつつも、どこかで諦めている――そんな感じの表情をさせると、世界一だと思う。ちょっとコン・リーにも似ていなくもないが、彼女ほど顔立ちが整っていないのもいい。声が低くて、はかなげな容貌と対照的な芯の強さを感じさせるのも、ぼく的にはツボだ。

というわけで、わが「韓国三大贔屓女優」の方々↓ いわゆる韓流美女とはほどとおいキャラの立った容貌ばっかやねw


左から、”けげん顔の女王”ぺ・ドゥナさま、”ふくれっつらの女王”コン・ヒョジン、そして”薄幸の女王”スエ


さて、そのスエの映画デビュー作が、『ファミリー』(2004年、イ・ジョンチョル監督)。
彼女が演じるのは少年院を出所したばかりの不良少女。元刑事だった彼女の父は娘を許さず、娘もまた、亡き母親に暴力をふるっていた父親を憎んでいる。保護観察官に世話してもらった美容院で働くスエのもとに、かつての不良仲間で今は暗黒街のボスになった男が因縁をつけてくる。家族にまとわりついてほしくなかったら、地元警察の署長と寝ろと要求するボス。スエは、家族を守るためにボスの要求を受け入れようとするが……。
プロットそのものは、よくある父娘対立ものだ。窮地に陥った娘を、父親が救おうとして、そのなかで次第にわだかまりが溶け、和解していくという展開も、だいたい予想できる。あまりに展開が陳腐すぎて、正直、感動は薄い(韓国では大ヒットしたらしいが)。
それでも最後まで見てしまったのは、スエの演技力に負うところが大きい。最初彼女は、いかにもふてぶてしい不良少女として登場する。低い声がまた、そのふてぶてしさを強調する。だが、物語が進むにつれ、観客は彼女が背負わされた十字架の多さに気づき、彼女に同情するようになる。父親との不仲、暗黒街との腐れ縁、そして何より、優しかった父親を変えてしまったのが自分であるという過去……。その時々に見せる表情が、とてもリアルで胸に迫ってくるのだ。

現在、韓国の若手女優の多くは四年生大学卒だ。スエのように、商業高校で学歴を終えた人は珍しい。彼女の父親は靴の修繕工。家庭は経済的に恵まれていなかったらしい。芸能界デビューは、下着モデルだった。反対する父親に、「お金を儲けて家を建ててあげるから」と説得したという。生来内気で、他人に壁をつくってしまうタイプらしいが、カメラの前で見せる彼女の表情は、押さえ付けてきた感情を解き放つようなオーラを発している。あるいは、彼女の経歴や性格が、扮した人物のキャラクターに人間的な深みを与えているのかもしれない。ともあれ彼女はこの『ファミリー』で、青龍賞や大韓民国映画大賞などの映画祭で新人女優賞を受賞した。


つづいて紹介するのは、『ウェディング・キャンペーン』(2005年、ファン・ビョングク監督)。
トンマッコルへようこそ』で北朝鮮将校を渋く演じたチョン・ジェヨンが、悪友と女風呂をのぞいていたところを好きな女の子に見咎められたことがトラウマになり、38歳になっても女性の顔をまともに見られない独身中年男をコミカルに演じる。
スエが演じるのは、独身中年男が参加したウズベキスタン花嫁捜しツアーの通訳。ちょっと無愛想でとげとげしい雰囲気だが、恐いおかんに毎日叱られてる中年男のチョン・ジェヨンとは不思議と馬があった。不器用だが誠実なジェヨンに、次第にひかれていくスエ。
だが、彼女には秘密があった。北朝鮮からの亡命者だったのだ。ウズベクに亡命する手引きをした男に多額の手数料を返すため、彼女はなんとしても、意に染まないままに、中年男の「見合い」を成功させなければならない。だが、花嫁捜しツアーは不正があったとして警察に検挙され、中年男は帰国せざるを得ない。そして彼女はついに、思い切った行動に出る。のっぴきならない状況のなかで仮面をかぶりつづけてきた彼女が、唯一、自分らしくいられる相手に会うために。
数年前、北朝鮮からの亡命者が外国大使館に逃げ込んで話題になったが、警備員に制止されながらも大使館の鉄格子を必死によじのぼろうとするスエの姿は感動的だ。背負わされたしがらみをふりほどき、好きな男との第二の人生にかけようと決意した女の凛々しさ。その手首には、中年男からプレゼントされた紫色のスカーフが巻き付けられている。
負けるもんか!
あたしは、あたしらしく生きるんだ! 
彼女は、国家の体制によって、自分らしく生きることを否定され、仮面をかぶりつづけて生きてきたすべての人々の魂を背負って鉄格子をよじのぼる。その普遍性に、泣かされる。



さて、最後に紹介するのは、かのイ・ビョンホン主演のラブロマンス『夏物語』(2006年、チョ・グンシク監督)。
1969年。韓国では強引に憲法を改正して三選を狙うパク・チョンヒ大統領に対し、反対する学生たちの抗議運動が燃えさかっていた。そんな年の夏休み、イ・ビョンホン扮する大学生は、仲間とともに農村に行く。かつてロシアでは「人民の中へ(ブ・ナロード)」運動があり、エリート学生たちが農村に入ってボランティアを行ったが、韓国では今でも、そんな風習が残っているらしい。ビョンホン扮する大学生は、金持ちのぼんぼん。実業家の父親への反発からひねくれた性格になっているが、特に学生運動に熱心なわけでもない。そんな彼が出会ったのが、村の図書館で司書をやっている孤独な娘スエ。軽い気持ちで彼女をナンパするビョンホンだが、やがて彼女の背景を知るにつれ、同情心がわきおこり、やがて愛に変わっていく……というストーリー。
で、この映画のスエが演じる娘は、両親が共産主義者北朝鮮に亡命したという設定だ。『ウェディング・キャンペーン』に引き続き、心ならずも南北分断の悲劇を背負わされてしまった女性なのだ。軍事独裁政権によって極端な反共政策がとられていた当時、家族に北朝鮮シンパがいるというだけで村八分にされ、スパイとして告発されても仕方のない時代だった。ビョンホンは、彼女を守ってやろうと決意し、ソウルに連れていく。
だが、ソウルに戻った二人を待っていたのは、政府の機動隊と学生たちの衝突だった。騒動に巻き込まれた二人は、厳しい取り調べを受ける。徹底的な反体制分子を取り締まる一方で、開発によって国を富ませようとする独裁政権にあって、大手ゼネコン社長であるビョンホンの父は、政府に影響力を持っていた。父は言う。お前を助けてやる。だが、両親が北朝鮮に亡命した娘は、それだけで北のスパイと見なされる。あの娘とは無関係だと言い張れ。
取調官の厳しい尋問に耐えかねたビョンホンは、スエと引き合わされた時、父親のアドバイスに従い「知らない女です」と言ってしまう。そんな彼の言葉にショックを受けながら、彼女は健気に言う。本当です、私も知りません。
仕方ないわ、私は脱北者の娘だもの、この国にいてはならない人間だもの。私を見捨てなさい! いえ、本当は辛い。でも、仕方ないわ。私はそんな宿命を背負わされた女なんだから……。悲しいまでの自己否定の後、スエは自らビョンホンから離れていく。
映画のラスト、自ら身を引いて姿を消したスエの後半生が、セピア色の写真で語られる。学校の教師として、子供たちに囲まれ微笑む彼女。かつて、村の子供たちに字を教えたいと図書館を建てた父親の意思を受け継いだのだ。好きな男と結ばれることはなかったが、それでも彼女は強く生きたのだと、その笑顔が語っているようだ。


以上三本が、日本で見られる彼女の主演映画だ。不幸な身の上ながら、けなげに生きる女。ある意味ではステレオタイプな役柄ばかりを演じていながら、そんな「けなげ」な女は本当にいるんだな、と思わせられる凄みを、確かに彼女は持っている。その凄みゆえに、役柄を限定されている感は否めない。手話で恋人とセックスするなんちゃってテロリストを演じたかと思えば、ベタなラブコメをコミカルにこなすぺ・ドゥナのような奔放な幅広さとは対照的だ。これだけの演技力と存在感があるのだから、「けなげな幸薄い女」とは違ったキャラを観たいと願う。
一昨年、彼女は歴史大作『炎のように 蝶のように』で、かの閔妃(明成皇后)に扮した。十九世紀末の朝鮮王朝で実権を握り、反日親ロ政策をとったため、日本人壮士に暗殺された女性だ。政治問題化を極端にいやがる現在の日本で公開されるとは思えないが、はかなげで不幸の似合う彼女が、どんな閔妃を演じているのか、ぜひ見たい。日本版DVDの発売を切に望む。


夏物語 スタンダード・エディション [DVD]

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