ペ・ドゥナの、ペ・ドゥナによる、ペ・ドゥナのための映画(その2)……『春の日のクマは好きですか?』(2003年 韓国)

2003年 韓国
監督=ヨン・イ 出演=ぺ・ドゥナ キム・ナムジン


『オールド・ボーイ』タコの踊り食いに一晩眠れないくらいの衝撃を受けので、口直しに見た。基本的にラブコメは苦手なんだけど、珍味ばかりじゃ胃がもたれる。たまには、甘いお菓子もほおばってみたい。
苦手と書いたけれど、結構好きなラブコメもないではない。結局の所、男女が恋している様というのは、客観的にみれば、かなりみっともない(電車でいちゃついてるバカップルを想像せよ)。
その意味では、ラブコメというのは、適度な距離感で恋する人間の滑稽さを醸しつつ、同時に観客の共感を得る工夫が必要で、そう考えると、実は結構作り手のセンスが問われるジャンルなんだと思う。

というわけで、ぺ・ドゥナ様が23歳のときに主演したラブコメ「春の日のクマは好きですか?」である。
CM出身の監督は、「君を最高に可愛く撮ってあげる」と出演交渉したそうだが、確かにこの作品のぺ・ドゥナは最高にキュートだ。ソウルの量販店で働く普通の女の子という設定なので、特にファッショナブルなコスチュームではないのだが、ほとんど着せ替え人形かというくらい、いろんな格好をする。

一方で、かなりコミカルな場面も多い。少女漫画から抜け出したかのようなお嬢様ドレスだったり、クマの着ぐるみを着たり、鹿さんの帽子をかぶったり、「グエムル」で多くの男子を魅了したジャージ姿にださいメガネでキャッチボールしたり、ミニスカに白いコートで北極をさまよったり、下着姿で男にローキックをかましたりする。

人工的な美人の多い韓国の芸能界において、彼女は「ブス系」扱いされているという話もきくが、一方で若い女性のファッションリーダー的存在でもあるんだそうな。確かに、スタイルはいい。171センチのスレンダーな長身で手足が異様に長い(『空気人形』ではやたらと彼女にミニスカートを着せて長い美脚を強調していたが、どちらかというとこの作品のように、タイトな膝丈スカートのほうが彼女のスタイルのよさは強調されるように感じる)。くっきりと彫りの深い美人でないぶん、男性の作り手にとっては理想的な着せ替え人形的存在なのだろう。

というわけで、ぺ・ドゥナのファンにとっては、彼女のプロモーションビデオとしても十分楽しめる出来になっているのだが、では、ストーリーはどうかというと……正直、微妙だった。結構入り組んだ設定なのだが、どこか消化不良な印象もある。ひとつひとつの場面の絵の作り方や音楽の使い方は、CM出身だけにうまいけれど、話の展開のさせ方はちょっと強引だ。彼女の周囲の人たちも、マンガっぽい記号的存在にすぎず、楽しいけれど、深みはない。正直、お金を払って映画館で見るほどのレベルとは思えなかった……んだけど。

でもね、やっぱりぺ・ドゥナ映画なんですよ。他の女優さんだったら、途中でやめちゃったかもしれないんだけど、最後まで見ちゃったし、そこそこ感動できちゃったんですね。不思議なことに。

ざっとあらすじを書く。
ぺ・ドゥナさまが演じるヒロインは、三文小説家の父親と二人家族。田舎からソウルにやってきて、大型量販店の店員をしている。恋に恋するロマンチストだが、どこかピントがずれている不思議系女子。好きな男性とデートにこぎ着けたはいいが、映画を見ながら音をたててスルメをかじったり、キスシーンで照れてぎゃはぎゃは笑いだす。男にふられてばかりの彼女を同僚は「ブスじゃないし、スタイルも悪くないのに変ねえ」と訝しがる。
そんな彼女が、あるとき、父親に頼まれて図書館で画集を借りる。その1ページに「春の日に目覚めたクマのような君が好きだ」と愛のメッセージが書いてあった。恋愛体質の彼女は、そのメッセージが自分に当てられたものだと思いこみ、幻の王子様を「ヴィンセント(ファン・ゴッホ)」と名付けて探し始める。
一方、ヒロインの幼なじみの地下鉄運転手の青年(モデル出身のキム・ナムジン)は、一途に彼女を愛する純情者。一生懸命彼女に尽くすが、ヒロインは彼には高飛車に接し、ひたすら幻のヴィンセントを追い求めるのだった……。

とまあ、一昔前の少女マンガのようなストーリー。映画の最後にヴィンセントの正体が明らかになるが、はっきりいって蛇足。映画の核は、ヒロインと純情青年との「恋」の行方にある。
ところが、この純情青年が、典型的なアホキャラで、しかも、ほとんどマゾといっていいくらい、彼女に尽くすのだ。

彼女のアパートの部屋にネズミが出た。ヒロインは青年を呼びつけ、「私が帰宅するまでになんとかしといて」と命じてさっさと出勤するのだが、青年は言われたとおり、愚直にネズミ退治に励む。
夜中に彼女が電話で「ラーメン食べたい」と言うと、彼は自転車のカゴと荷台に鍋と水入りのペットボトルとインスタントラーメンとノンホース・コンロを放り込み、ペダルをこいで駆けつける。そんな彼に、ヒロインは「ありがとう」の一言もなく、「鼻水たらしちゃってえ」と呆れて笑いながら、ラーメンをほおばる。
はっきり言ってひっぱたきたくなるような勘違い女なんだけど、不思議なことに嫌みじゃない。なぜかというと、演じているのがぺ・ドゥナだから、としか言いようがない。

「等身大」とか「自然体」という不思議な褒め言葉がある。おもに、売り出し中の(要するに可愛いだけで下手くそな)新人女優の演技の形容に使われる。正直、パターン化された「今ふうの若い子」をなぞってるだけだったりする。よくある記号化された浅薄なキャラ(天然ボケとか高ビーとか)なんかではなく、本当の意味で「うん、いるよね、こういう子って」と納得させられるまでの「等身大」「自然体」演技というのは、実は結構難しいんじゃないかと思う。
その意味で、ぺ・ドゥナは、それこそ等身大の女の子を演じようが、命を持ってしまったラブドールという突拍子もない設定のキャラを演じようが、実在感をもって表現できる緻密な演技力の持ち主だ。




彼女は、スチュワーデス志望だった。空を飛びたい。そう念じてきたが、結局、量販店の店員でしかない自分にコンプレックスを抱いている。不器用でジュースの缶のリップルをあけることもできない。学校の成績だって悪かった。あたしってバカなの? 口には出さないが、常にその思いから逃れられずにいる。
だからこそ、彼女は自分を天の高みに連れて行ってくれる相手を求めているのだ。地下鉄というアンダーグラウンドの世界で地道に働いている青年の愛をどこかで感じつつも、拒絶せざるを得ない。彼女の嫌な部分――がさつさや高飛車さ――は、よく見ると、純情青年の前でのみ発揮されることに気づく。そして、彼の前でのみ、彼女はとびきり弾けたような笑顔を見せる。平気で自分をさらけ出せる相手がいることの素敵さに、彼女は気づいていない。空高く舞う鳥でなくても、のそのそと地を這うクマでいいじゃないか。






こういう高飛車勘違い女の恋のドラマは、さほど珍しくはない。日本でヒットした『猟奇的な彼女』なんかはその一例だし、日本でも同様のドラマは掃いて捨てるほどある。で、そんな嫌な女をどうやって見る側に共感させるかが工夫のしどころなんだけど、たいていの場合、彼女が実は同情すべきなんらかの事情を抱えていたり、しょげかえる場面を作ったり、実はいいところもあるんだよ、というシーンを入れたりする。下手なドラマだと、高飛車勘違いの場面と、そうでない場面とで、同じ女かというくらいキャラが違ったりするんだが、この映画のぺ・ドゥナは、嫌な部分が発揮される場面と、いい部分が発揮される場面との間に齟齬がない。というか、ぎりぎり最後まで、嫌な勘違い女のままなのだ。嫌な勘違い女だけど、その勘違いな行動をせざるを得ない何かを、説明的ではなく、ごく自然に伝わるような演技をしているから、勘違い女にもかかわらず、心底、彼女はキュートなのだ。
で、キュートであると同時に、この手の勘違い女が一歩間違えば、『復讐者に憐れみを』で演じたような、勘違いテロリストまがいな女になっちゃうんだろうな、と思わせたりする。

たとえ、陳腐なラブコメだろうと、よくあるありふれたキャラだろうと、演じる人が丁寧に作り上げれば、これだけ眼の離せなくなる作品になるものなんだな、とつくづく感じた次第なのだ。


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