熱く語って何が悪い……『リンダリンダリンダ』(2005年、ビターズ・エンド)

2005年 ビターズ・エンド
監督=山下敦弘 出演=ペ・ドゥナ 香椎由宇 前田亜季 関根詩織


たまには日本映画のことも書いてみる。
といっても、観たきっかけは、やっぱりぺ・ドゥナさまが出演しているからだったりするのだが。


女子高生四人組が、高校の文化祭でブルーハーツの『リンダリンダリンダ』を演奏するまでを描いた青春ドラマ。公開当時は、『スイングガールズ』が大ヒットした後で、その流れのなかで紹介されていたように覚えている。正直、二番煎じかと思って、とくに興味を抱かなかった。その後、昨年観た『グエムル 漢江の怪物』で小豆色のジャージ姿のペ・ドゥナ様にはまってしまい、ついで韓国映画にもはまり、ぐるっと回ってこの映画にたどり着いた。どうやら企画自体は、やはり『スイングガールズ』の柳の下の二匹目のドジョウ的な発想で生まれたらしいが、監督に選ばれた山下敦弘は、脚本から設定から徹底的に変えてしまった。その結果、初めて観たときは「よくできた青春コメディだな」と感心させられたし、元ブラスバンド部員として胸が熱くなった『スイングガールズ』でさえ、リアリティの薄い作り物のウェルメイド(予定調和的/ご都合主義的)作品に思えるくらい、あらゆる意味で現実味にあふれた青春映画になったのではないかと思う。
山下敦弘という人の他の作品は見たことがないが、わざとらしい「盛り上げ」を極端に嫌う人らしい。映画のクライマックスは、もちろん文化祭本番だが、彼は、このステージすらカットしようとしたという。ロングショットの長回しが多いのは、撮影期間に制約のある今の邦画界の現状の一端かもしれないが、むしろ相米慎二へのリスペクトではないかという話も聞いた。決してとっつきのいい映画ではないが、今のぼくの好みだ。


学園祭にむけ、オリジナル曲を作って練習を重ねてきたガールズバンドのお話。
本番の三日前、バンドメンバーのうち、ギター担当の萌が骨折して出られなくなる。それが引き金となって、ボーカルの凛子(三村恭代)と、キーボード担当の恵(香椎由宇)の対立があらわになる。萌が抜けたことで、危うくバランスを保っていたメンバーたちの人間関係が崩れたのだ。凛子は「やめよう」と言い出す。誰にも笑顔を向ける人気者だが気弱なドラム担当の響子(前田亜季)や、無口なベース担当の望(関根史織)には、二人に仲直りさせるだけの力はない。仕方なく残った三人は、ブルーハーツの曲をコピー演奏することになり、新たにボーカルを探すことにする。

とはいえ、本番三日前に、簡単にボーカルを歌ってくれる人が見つかるとは思えない。なにせ、彼女らにとってはおじさん世代のブルーハーツだ。三人は学校のベンチに腰を下ろし、通りかかった人に声をかけることにする。
だが、最初にやってきたのは、よりによってバンドを抜けたばかりの凛子だった。

以下、その場面をDVDから採録する。ト書きは、ぼくがつけた。

恵、響子、望の三人が、無言でベンチに座っている。凛子が歩いてくる。

凛子「なに?……どうしたの?」
響子「ん?……(ごまかし笑い)うん……」
凛子「……あ、中止でいいよね」

凛子「阿倍(軽音楽部長)に後で言っておくけど……」
望「あ……、もう言った」
凛子「言った?」
望「……うん

長い間

響子「……あのさ……ブルーハーツやろうと思って……」
凛子「(ふうんという顔で何度か頷いて)……三人で?」
響子「あと……ボーカル、探してるんだ」

響子、笑顔で凛子を見るが、次第に笑みが引いていく。
恵と望は、俯いたまま。

長い間

響子「凛子、やってよ、ボーカル」

長い間

響子「……やろうよ」

凛子、考えをめぐらせるように眼を逸らせる。
長い間

凛子「……だったら、もう一回あれ(オリジナル曲)やってみようよ。萌、ダメだけど、ちょっとアレンジ変えたら……」
恵「(かぶせるように初めて口を開く)ブルーハーツがイヤなんだったら、いいよ。萌抜きであれやるとか、考えられないし」

長い間

恵「いいよ。他にやりたいっていう人、いっぱいいるだろうしさ」

長い間

凛子「あ、そ」

長い間

恵「だって、イヤなんでしょ」
凛子「イヤっていうか……イヤじゃないけど、やって意味あんのかなって」
恵「意味なんかないよ」

再び長い間


上写真:左から無口な望、短気な恵、八方美人の響子
下写真:恵とソリが合わない凛子

異様に「間」とか「……」の多いやりとりだ。凛子と恵は対立関係にある。望は、なんとか二人の関係を修復し、凛子に復帰してほしい。だが、それをあからさまに口にすることは、隣に坐っている恵の手前、できない。恵も凛子も、内心ではどこか、また一緒にやりたいという気がないわけではないが、素直に口に出せないでいる。静かに意地を張り合う二人。

ぼくはまず、この四人のやりとりに感心してしまった。思ったことをすぐ口にして、喧嘩したり、泣いたりわめいたり、じゃれあったりと、わかりやすい女の子たちのやりとりでテンポ良く話が展開していった『スイングガールズ』と違い、この四人は、決して素直に本心を現さない。
なにより彼女たちが重視しているのは、場の雰囲気を壊さないことだ。たわいない冗談で盛り上がる時をのぞけば、なるべく相手を傷つけないよう慎重に言葉を選ぶ。「空気、読め」という言葉に象徴されるような、対立状況ができることを極端に嫌う、いかにも日本的なコミニュケーション(あるいはディスコミニュケーション)。
今の若い俳優は、つっかえつっかえ、口ごもるように台詞を喋ることが多い。演出者も、そういう台詞回しで今風の若者らしさをあらわそうとしているかのようだが、それが劇的な効果を生んでいることは希だ。観ていて、単に下手だなあ、とか、じれったいなあ、と感じてしまうことが多い(かと思うと、眼に涙をためて過剰すぎる説明的台詞をまくしたてることが熱演であり、そこに過剰なBGMを流すことがクライマックスの作り方だという姿勢のテレビドラマに辟易させられることも、また多い)。
だが、この映画に関しては、そのじれったさが、登場人物たちのじれったい関係性にマッチしていて、新鮮だった。女優さんたちの演技もそれぞれ与えられた役の個性を十分に表現していた。だが、彼女たちが醸し出すリアルな雰囲気は、同時に苦痛でもあった。映画全体を覆うどんよりした雰囲気は面白いが、ややすると、退屈に感じられなくもないし、説明的な台詞や場面を排しているため、基本設定を飲み込むのが楽ではないからだ。


そんな空気を突き破ったのが、ぺ・ドゥナ演じる韓国人留学生のソンだった。


これは、決してぺ・ドゥナ贔屓で言っているのではない。それぞれ違った個性でありながら、同質性を強いられ、仮面をかぶったような演技を強いられる日本人女子高生たちと違い、外国から来て周囲となじめずにいた内気な韓国人女性という異質さが、ソンの存在感をより高めているのだ。
ソンは、友達がいない。文化祭でも、一緒に盛り上がる仲間がいない。その彼女が、バンドのボーカルに誘われる。上に書いた場面の直後、たまたま三人の前を通りかかったソンは、「バンドやらない?」と声をかけられ、よく意味がわからないまま、「ハイ」と答えてしまう。
引き受けてしまったソンは、ひとりカラオケボックスに行く。カラオケボックスの店員と彼女とのやりとりがすごく面白い。「ドリンクバーのコースでよろしいですか?」と問う店員にソンは、「わたし、のみもの、いらない、うた、だけ」と言い張る。「じゃ、単品でも結構ですよ」「のみもの、いらない、うた、だけ」。次第にいらいらしてくる店員だが、ソンは「うた、だけ」と譲らない。店員の苛立ちは募るが、彼は、なぜカラオケボックスで、飲み物を注文しなければならないか、説明できない。内気な性格とはいえ彼女は韓国人だ。「なんだかそれが決まりみたいだから、波風立てるのもなんだし、従っておきましょ」という日本人特有の納得の仕方とは無縁である。「たとえそれが決まりでも、納得できないかぎり受け入れない」「たとえそれが決まりでも、とりあえずダメ元でこちらの事情を主張してみる」のだ。

そんなソンが加わったことで、物語は一気に動き出す。たとえば、ふだんは無口な望が、不意に熱く語り出す場面がある。恵と響子は、何語ってんのよ?とからかうが、ソンは「からかっちゃだめだよー」と二人をたしなめる。熱い思いを口にして、空気をしらけさせることを恐れていた女の子たちは、次第に内に秘めた熱さを表に出すようになっていくのだが、その一方で、誰よりも内面の熱さを表に出さないのが、韓国人のソンだったりする。
ここで、無表情であっても眼の動きだけで物語を紡ぎ出すぺ・ドゥナの演技力が発揮される。本番前夜、屋台が並ぶ無人の学校を、「焼きそばおいしいよ〜」「クレープいかがですか〜」と歌うように言いながらスキップを踏んで歩く場面が素晴らしい。表情は控えめだが、初めて仲間を得られた歓びがじわじわと伝わってくる。孤独だった韓国人留学生を感動させたのは、クールを装う日本人の女の子たちの「熱さ」だったのだ。

そういう細やかなニュアンスを、言葉にして説明するようなださい真似はしないのが嬉しい。この映画の企画が立ち上げられた当初、四人の女の子のうち一人を韓国人にするという発想はなかったそうだ。監督に選ばれた山下敦弘は、どうやら『スイングガールズ』の二番煎じ的な企画に乗り気でなかったらしく、クランクインを先延ばしにしたいため、『ほえる犬は噛まない』や『子猫をお願い』でファンになっていたぺ・ドゥナの起用を提案したという。どうせ無理だろうと思っていたら、たまたま映画のプロモーションのため来日していたペ・ドゥナと会うことになり、瓢箪から駒で出演が決まったのだそうだ(一番下の欄で紹介した『ユリイカぺ・ドゥナ特集号の、山下監督と是枝裕和監督の対談参照)。これは結果的に成功だった。日本語はたどたどしいが、全身で繊細な感情を表現できるペ・ドゥナという異質な存在が加わった効果は大きかったようだ。オーディションで選ばれた経験の乏しい若手女優たちにとっても、デビューして五年ほどでキャリアを積み上げてきたペ・ドゥナの存在は刺激になった。ある場面でペ・ドゥナは、監督から「ここで泣くように」と指示され、すぐに涙を流した。別の場面で香椎由宇が泣かなければならなかった時、監督から「目薬、用意しようか?」と言われ、負けず嫌いな性格らしい彼女は、いりません、と拒否し、懸命に涙を流そうとした。香椎由宇は、日本人離れした美貌の持ち主だが、演技の硬さゆえ観る側の反感を招きがちだ(『映画秘宝』なんかでは、同誌の売り物である「はくさい映画賞〈ワースト映画賞〉」の最低女優賞の常連になるなど、大根として認定されている)。だが、少なくともこの作品では、彼女特有のとがった雰囲気が「短気で怒りっぽいが実は人一番優しい」恵のキャラクターを、さりげなく、しかしくっきりと浮かび上がらせていて、好演だった。それは、前田亜季や、本職の女優ではないらしい関根詩織も同様。つくづく役者の演技は、彼ら彼女らを取り巻く環境と、演出者の手腕次第だと痛感させられる。


さて、演奏本番。
四人が満員の体育館で演奏するというクライマックスを作るため、監督は周到に、雨が降ったため生徒たちが仕方なく体育館に入ってくるとか、四人が徹夜で稽古したため遅刻し、その間、彼女らより上手い子たちが客席を暖めておくことになったとか、彼女らが特別だったからではなく、偶然盛り上がることになったのだというプロセスを丁寧に描く。即席バンドが三日間の練習で、客を魅力できるはずがない。彼女らが喝采を浴びたのは偶然のなせる業だったかもしれないが、その結果、彼女らは一生心に残るイベントを経験できたのだ。


一見、淡々としているようでいて、緻密な物語展開。偶然とはいえ、ぴたりとはまったキャスティング。こういう映画を、本当の意味でのウェルメイド作品というのだと思う。


リンダリンダリンダ [DVD]

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リンダリンダリンダ (竹書房文庫)

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