嫌われ者で何が悪い!……『ミスにんじん』(2008年 韓国)

2007年 韓国
監督=イ・ギョンミ 出演=コン・ヒョジン ソウ ファン・ウスレ


このブログでも再三紹介した『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『サイボーグでも大丈夫』『渇き』の残酷大魔王パク・チャヌク監督がプロデュース。監督はこれが第一回作品となる女流監督のイ・ギョンミ。ギョンミとチャヌクが共同で書いたシナリオを読んだ『ほえる犬は噛まない』『グエムル 漢江の怪物』『母なる証明』の鬼才ポン・ジュノがいたく気に入り、ちょい役で特別出演した。まあ、パク・チャヌクポン・ジュノの名前が出てくるだけでも、尋常じゃない映画だということはおわかり頂けると思う。


左側が、ヒロインが通う英会話教室の生徒として特別出演したポン・ジュノ監督。風貌からしてナニです


ところで、パク・チャヌク監督作品の特徴のひとつは、ヒロインが暴走するところだ。『渇き』で吸血鬼となって男を殺しまくるヒロインが一番わかりやすいが、『サイボーグでも大丈夫』のヒロインは核兵器となって世界を滅ぼそうとする。『復讐者に憐れみを』のぺ・ドゥナの暴走は、ソン・ガンホやシン・ハギュンら「根は善良な」男たちの大残酷の傍らにあってあまり目立たないけれど、そもそも彼女が恋人に誘拐をそそのかさなかったら、悲劇は起こらなかったはずなのだ。チャヌク監督にしてはまっとうな大作『JSA』でさえ、イ・ヨンエ扮する女性将校の「暴走」がなければ、少なくとも二人は死ななくてすんだ。暴走する女と、暴走する女に振り回されるだけの男。この構図は、彼が持っている世界観の一面を表しているらしい。


これが残酷大魔王パク・チャヌク監督


この映画のヒロインも、やはりパク・チャヌク作品に共通する「女の暴走」っぷりを発揮する。ただ、監督が女性だけに、暴走する女の内面をきめこまかく描いていてリアリティがある。と同時に、そんなヒロインに振り回される男性のデクノボーぶりは残酷すぎるほどで、これもまた、女性監督ならではの冷徹な視線なのだろう。


ヒロインのミスク(コン・ヒョジン)は29歳の女教師。ちょっと興奮すると顔が真っ赤になる顔面紅潮症を患っている(それがタイトルの『ミスにんじん』の由来だ)。
彼女のキャラをひとことで言えば「嫌われ者」だ。なぜ彼女が「嫌われ者」になったかというと、彼女自身がそう思いこんでいるからだ。彼女はすぐ僻む。僻んで、特定の仮想敵を作り上げ、「あいつのせいだ!」と徹底的に憎む。要するに、彼女にとって世間は「敵」なのである。
まあ、それも根拠のない話ではない。彼女には人生最大のトラウマがある。修学旅行の記念撮影の時、同級生に邪魔されて入れてもらえなかったのだ。同級生たちは、スクラムを組んで、写真の列に加わろうと必死な彼女を押しのける。集団で特定の一人を疎外するというイジメのやり口は、日本でも韓国でも同じらしい。

問題は、なんで彼女がそこまで嫌われるのか、であるが、その理由は割合に早く判明する。映画の冒頭、彼女はかかりつけの皮膚科の医師に訴える。

彼女は、同僚のソ先生(イ・ジョンヒョク)という妻子ある男性に惚れている。いや厳密にいえば惚れているのではない。忘年会の後、彼女はたまたま彼と一緒にタクシーで帰宅した。酔っぱらったソ先生がもたれかかってきた。これは絶対に、私に気があるに違いない。そう独り思いむ彼女だが、ソ先生は相手にしてくれない。夜、彼の携帯に電話してみても、出てくれない。そんなはずはない。絶対、何かある。そうだ、あいつのせいだ!



彼女はもともと、私立の女子高校でロシア語を教えていたのだが、最近はロシア語学科が不人気なのでリストラされ、系列の女子中学校の英語科教師に格下げされた。彼女と同様に高校でロシア語を教えていたのが、男性教師に絶大な人気のある、いかにもな韓流美女のイ・ユリ先生(ファン・ウスレ)。なぜ彼女じゃなく、私が格下げされるの? しかも、ソ先生はユリ先生に気があるような風情だ。そうよ、あいつのせいよ! あのユリさえいなければ、私はこんなことにならなかったのよ!


とまあ、こんなヒロインの広長舌がカットバックつきで展開するのだが、おかしいのがそれを語る相手は、繰り返すが皮膚科の医師である。精神科の医師やカウンセラーではない。彼女は自分語りが好きだ。自分が抱えている問題は他人も興味を持つはずだ、と思いこんでいる。聞かされる皮膚科医師のほうはたまったものではないが、ともあれ、こんなふうに映画の初期設定は語られる。同時に、なぜ周りが彼女を嫌うのか、観客は納得する。

要するに彼女は、自分を客観視できないタイプなのだ。

彼女がなぜ格下げされたのか、その理由は明らかだ。彼女は、生徒たちに人気がない。彼女の信条のひとつは「努力しても無駄」。どうせ努力したって誰も私なんか認めてくれない、と思いこんでいる。彼女の先生っぷりが映し出される。声もぼそぼそと小さく、積極的に受けてみたいと思える授業ではない。少なくとも、生徒たちを本気で指導しようとか、受け入れられるために工夫しようとか、そんなことは考えない。彼女が「生徒に人気のない自分」を客観視できていれば、改善のしようもあるだろう。だが、それができない彼女は、「生徒に人気のない自分」を棚に上げ、「自分を追い出したあいつ」を敵視することで、自己を防衛しようとする。
同時に、皮膚科の先生にしても、ソ先生にしても、自分に少しでも好意的な気配を見せた男性は、「自分を愛してくれるはず」「自分に興味を持ってくれるはず」と思いこむ。ソ先生は酔っぱらっていただけだし、皮膚科の医師は職業柄好意的に接しているだけだが、そういう自他を客観的に見る発想は、彼女にはない。彼女にとって世界の中心は自分であり、自分を中心とした世界には、彼女の敵と彼女の味方とが存在する。

そういう人間が、嫌われないはずがない。そして、嫌われた(正確に言えば、嫌われたと感じた)時、怒りを爆発させてしまった時、彼女は穴を掘る。穴があったら入りたい、という言い回しが韓国にあるのかどうか知らないが、人目も気にせず穴を掘る。さらに「なに、あの人?」と周囲は引く。終わりなき墓穴堀り人生。それがヤン・ミスク先生だ。

そんなミスク先生に、思わぬ同志が現れる。ソ先生の娘で、ミスク先生のいる女子中学校の生徒ジョンヒ(ソウ)だ。ジョンヒは、内申書に「自己愛が強い」と書かれるような、いわばミスク先生の同類。当然、嫌われている。ちょうど学園祭が近づいており、彼女は、ダンスで出演するグループの仲間に入りたがっている。渋々入れてもらったとたん、「このリボン、ださくない?」と衣装に文句をつけて、全員から蹴飛ばされる。
ジョンヒは、自分の父親であるソ先生がユリ先生と浮気していると疑っている。そのせいで、両親が離婚の危機に見舞われていると思っている。彼女の母はベリーダンスの先生をやっていて、夫と別れて本場トルコに赴こうとしているのだ。両親を離婚させたくないジョンヒは、学園祭のイベントに出て両親を招くことで、母親の出国を中止させようとする。だが、学園祭には一人では参加できず、一緒に参加してくれる友達はいない。
それを知ったミスク先生は、彼女と共同作戦を張る。ソ先生とユリ先生との仲を引き裂こうとする一方で、二人で学園祭に出ようと訓練を重ねる。その出し物は、『ゴドーを待ちながら』だったりするのだが……。

もちろん、ミスク先生も、ジョンヒも、自己愛の強すぎる嫌われ者同士だから、うまくいくはずもない。しょっちゅう喧嘩して罵りあったり泣いたりわめいたり、作戦はことごとく迷走し、事態は悪化する一方で、しかもその間に、ミスク先生は、酔っぱらったソ先生とラブホテルで一泊してしまったりするから最悪だ。事態を繕うために重ねた嘘が嘘を呼び、ついに破綻。ミスク先生は、ソ先生の妻からも、ユリ先生からも、ジョンヒからも責められる羽目に。四面楚歌のなかで、彼女はついに本音を叫ぶのだ。

「私だって、仲間に入れてほしいのよ!」

最初からそう言えばいいものを、素直にそう言えないのが「嫌われ者」たるゆえんなのだが、さて、この映画、どう決着をつけるかというと、彼女は「嫌われ者」のままでいる。登場人物の誰も(一人を除いて)、彼女に共感することもないまま、彼女は「嫌われ者」でいつづける。ただし、もう彼女は孤独ではない。孤独でなくなった最強の嫌われ者の不気味な笑顔で映画は終わる。そう書くと悪夢のようだが、実はハッピーエンドなのである。本当に爽やかな気分で見終えることができる。これは相当の力業だと思う。

主演のコン・ヒョジンは、演技派として評価の高い女優さんらしいが、素顔はとてもチャーミング、わがぺ・ドゥナさまとも親友だそうな。ここまで、いかにも嫌われる役を、それなりに共感のできるキャラクターに仕上げたのは、監督の繊細な手腕もさることながら、彼女の演技力に負うところも大きい。自己愛の殻で武装している女性のナイーブな内面を鮮やかに表現している。こういう女優さんがいることを、多くの人に知ってほしい。

ちなみにコン・ヒョジンは、この映画で2008年第7回「大韓民国映画大賞」(よく知らないけど、授賞式の雰囲気からして韓国版日本アカデミー賞みたいなものらしい)で主演女優賞を受賞した。。「この映画をやるにあたって、あのポスター(一番上のタイトル真下の写真参照)をはじめ恥ずかしいこと、つらいこともたくさんあったけど…」とスピーチした彼女にトロフィーを渡したのは、まだ韓国映画が国営だった不毛の時代を支えた名優で、当時、国際的に辛うじて名前を知られていた名優アン・ソンギ。韓国俳優界のドンだ。

リアルすぎて痛すぎる嫌われ者を、テレビのラブコメドラマで地位を築いてきたらしい彼女が、(本当の意味での)体当たりで演じたことが、素直に評価される韓国映画界の健全さ、勢いのある国はこういうもんだ、と素直に称えたい。



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