セーラー服と日本刀

震災発生から十日すぎた。幸い、地震当日、都心の職場から三時間かけて自宅まで歩いた以外、特に被害にあうこともなかったが、日に日に増えていく死者・行方不明者の数や、幼稚さをさらけだした現首相の醜態やらで、気が滅入る日々が続く。
特に三連休、ふだんの休日は小学生バスケチームの指導やらで結構忙しいのだが、震災の影響で体育館(地元の小中学校)が使えず、年度末に用意していた様々なイベント(卒業生を送り出す会とか)は次々中止となった。
いつ、福島原発チェルノブイリ化するかもしれないと思えば(そんな事が起こりませんように!)、家を離れるわけにもいかない。震災関係情報チェックも、発生後一週間をすぎて、ややマンネリ化している自分に気づく(被災者を思えば、「非常事態に飽きた」という言い方は傲慢すぎるんだけど、正直、そんな気分がなきにしもあらずなのが、イヤになる。

こういう時は、思い切りおバカな映画でも観て憂さを晴らそうと、久しぶりにTSUTAYAに自転車を走らせて、棚を物色していて、思わず目を奪われたのがこれ↓↓

邦題は『ラスト・ブラッド』。2009年に香港・フランス合作で制作されたのだそうな。カルト的人気のあった日本アニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(2000年、監督=北久保弘之、押井守が企画協力)の実写映画化したらしいが、まあそんなことはどうでもよくて、要するに、三つ編みセーラー服の美少女が日本刀構えてるって、ぼくら世代にとっては、最強の絵づらであることが重要なのだ。

70年代後半〜80年代前半に思春期を送ったぼくら世代の男の子たちは、たとえば、こんな「萌え」にさらされてきた。


斉藤由貴南野陽子浅香唯を生み出した「スケバン刑事(デカ)」たったり↓


続編的なシリーズ『セーラー服反逆同盟』は、主演が中山美穂仙道敦子(現、緒形直人夫人)↓


薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」というのもあったりして↓……「か・い・か・ん」


要するに、80年代のトップアイドルは、セーラー服で機関銃ぶっぱなしたり、ヨーヨーを人にぶつけたりしてたわけで、そんなセーラー服の戦闘美少女が21世紀に蘇ったのが、クエンティン・タランティーノ監督、栗山千明さん演じるゴーゴー夕張in『キル・ビル』↓


というわけで、セーラー服というのは、僕ら世代にとっては最強の戦闘服なのであって、おそらく、そんな系譜のなかの一つが『ラスト・ブラッド』に違いない。しかもおさげの三つ編み!

おさげの三つ編みの美少女といえば、かのチャン・ツィイーのデビュー作、『初恋の来た道』でしょうが!


要するに、セーラー服とおさげの三つ編みという、東洋の美少女の二大最終兵器を装備したヒロインが登場する映画となれば、見ないわけにはいかない。さっそく一週間レンタルして、わくわくしながら見たのである。


で、これが素晴らしかったのである。

よかったのである。

萌えたのである!


それは、こんな映画だったのである↓


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韓国の女優さんで、『猟奇的な彼女』(2001年、クァク・ジェヨン監督)で日本でも有名なチョン・ジヒョンが、人間と鬼のハーフであるサヤというキャラに扮し、三つ編みセーラー服で日本刀を振り回し、化け物をばったばったとなぎ倒していくだけの、非常に偏差値の低いバカ映画であった。

ネットで公開当時の評判を調べてみると、「チョン・ジヒョンちゃんはかわいくてがんばってるけど、映画はクソ」というのが通り相場のようで、興行収入も惨敗だったようだ。チョン・ジヒョンは台詞はほとんど英語(たまに日本語をしゃべるが吹き替え)で、映画の約半分はワイヤーにつるされていた。もともとアクション女優ではなく海外作品の出演も初めてだった彼女は、撮影前に何ヶ月にもわたって英語とアクションの猛特訓を積んだそうだが、正直、できあがった作品を見ると、その努力が報われたとは言い難い。DVDの特典映像でアクションシーンの撮影場面を見ることができるが、できあがった本編よりよほど迫力があるのだから、要するに作り手たちの力量不足。「この年(撮影時27歳)でセーラー服もどうかと思ったんですけどw」と苦笑するチョン・ジヒョンさんは、まことにお気の毒な結果となったというしかないが、少なくともぼくはじゅうぶん堪能させていただいたので、ここで賛辞を書かせていただくことにする。

まず、何がいいかというと、戦ってるときの彼女の表情がいいんですよ!


↑元となったアニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』のヒロイン(左)と見比べていただけると分かりやすいと思うが、チョン・ジヒョン演じるサヤは、どこか寂しげで、優しさがまさった表情が多い。戦っている時でさえ、彼女は滅多に敵への憎悪を見せない。日本の伝統的な戦うヒロイン……女囚サソリや修羅雪媛シリーズの梶芽衣子さんは、ニヒリスティックな無表情ながら眼に強い憎悪を湛えていた。藤純子さん演じる緋牡丹のお竜さんは、端正な表情を崩さず眼は憎悪を越えた冷酷さすら浮かんでいた。その憎悪や冷酷さは、フェミニズムっぽい言い方をすれば、男性社会のなかで虐げられてきた女性の怨念からくるものと言っていいだろう。

そして、チョン・ジヒョン演じるサヤの眼には、そうした怨念がまったく感じられないのだ。その眼に浮かんでいるのは、思い切って言ってしまえば「戸惑い」。言葉で言い現すと、こんな感じだろうか↓

……あたし、何してるんだろ?


特に、敵に対して向けられた眼差しに、それを感じる。いちおう凄んでいるつもりの演技なのだろうが、どちらかというと、困った顔に見えるのだ。設定上、彼女は鬼を退治することを使命とするプロのハンターで、その使命について特に疑ってもいなさそうなのだが、それでも彼女は困惑し、こう訴えているようにすら思える。なんで、あたしたちは殺しあわなきゃいけないの?……と。


もともとチョン・ジヒョンという女優さんは、『猟奇的な彼女』で、酔っぱらって電車内で嘔吐し、恋人をあごでこきつかったり、男を殴り飛ばしたりする、当時の韓国にあっては「現代的すぎる」キャラクターで脚光を浴びた人だ。なんでも韓国では、男性優位だった恋人関係が逆転し、強い女と弱い男のカップリングが少数派でなくなるほどの影響力があったらしい。その後も、『僕の彼女を紹介します』(2004年、クァク・ジェヨン監督)で粗暴で男勝りな婦人警官を演じたり、『星から来た男』(2008年、チョン・ユンチョル監督)のテレビディレクター役ではすっぴんノーメークでそばかすだらけの素顔をさらけ出したりと、最初から「女らしさ」を捨てた役柄で成功してきた人だ(もちろん、元々CFモデル出身であり、『イルマーレ』や『デイジー』といった清楚な美貌を活かしたキャラも演じているが、そうしたイメージを自ら覆すような役柄に挑んできたことは確かだ)
70年代、『女必殺拳』シリーズ等で、本格的アクション女優として鳴らし、現在は長渕剛夫人である志穂美悦子さんは、あるインタビューで、「戦う女って……悲しいですよね」と発言しているが(四方田犬彦編『戦う女たち 日本映画の女性アクション』作品社, 2009年刊)、そんな悲しさとは無縁の場所にいたのが、チョン・ジヒョンという女優さんなんだと思う。

だから、彼女は戸惑う。その戸惑いは、なぜか次々と襲いかかってくる鬼と戦わねばならない自分の運命への戸惑いであり、戸惑いつつ彼女は戦い、戦いつつも、彼女が守らねばならないアメリカ人少女を気遣い、その気遣いの表情のなかにこそ、チョン・ジヒョンという女優さんの輝きがある。あるいは、戦うことに疲れて少女のように頼りなさげな泣き顔にある。そして彼女は、戦う女であるにもかかわらず、平然と戸惑いや頼りなさを表現しえる立場にいる。要するに彼女は強く、強いことは彼女にとっては当然で、女らしさを抑圧(隠蔽)しなければ戦えなかった昭和の戦闘ヒロインたちの不自由さは、彼女には無縁なのだ。


そこがぼくには、ひどく新鮮だった。もう少し、この作り手たちがまっとうなエンターテインメント作品に仕上げる能力(あるいは環境?)に恵まれていたら、昭和の女たちが抱いていた男性社会への怨念(まさに「怨(ハン)」!)や、その裏返しであるところのふてぶてしいスケバンっぽさ東映ピンキーバイオレンスの世界!)や、アメリカB級セクシーアクションのビッチたちや(たとえば、『ビッチ・スラップ』参照)、騒々しいガーリー・フレンドシップ大炸裂な21世紀版『チャーリーズ・エンジェル』(ドリュー・バリモア最高!)等とはひと味違った、クールなアジアンビューティならではの、「自然体の戦う女」像を作り上げられたのではないかと残念でならない。



ちなみに、海外初進出でとんだミソをつけた形となったチョン・ジヒョンさんだが、その後、今年秋に全米で公開されるハリウッド映画”Snow Flower and the Secret Fan(原作小説の邦題は『雪花と秘文字の扇』)”という映画に主演している。19世紀中国を舞台に二人の女性の魂の交流を描いた文芸大作だそうな。アクションはともかく、英語の猛特訓は活かされたということだろう。多少は努力が報われたわけで、まずはめでたい。



ラスト・ブラッド [DVD]

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ラスト・ブラッド (角川ホラー文庫)

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猟奇的な彼女 [DVD]

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僕の彼女を紹介します [DVD]

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スケバン刑事 [DVD]

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セーラー服反逆同盟 DVD-BOX

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初恋のきた道 [DVD]

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戦う女たち――日本映画の女性アクション

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Snow Flower and the Secret Fan

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雪花と秘文字の扇

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